歌枕直美 友の会

うたまくら草子

「歌枕直美 友の会」の会報誌として活動情報を年3回にわたってお届けしているのが「うたまくら草子」です。本誌はライヴ情報を始め、会員の方々からのあたたかいメッセージ「たまゆら」や、ライブに携わっていただいたスタッフの声、また、毎回大変ご好評をいただいている「歌枕直美の心から語りたい」のコーナーでは、素敵なゲストの方と歌枕の対談がお楽しみいただけます。その中から「歌枕直美の心から語りたい」「たまゆら」「友の会 会員紹介」をお届けいたします。
 

たまゆら

71号 2019年4月

岩本弘子「DNAで感じるコンサート」

70号 2019年1月

上島朱實「うたまくら草子の発行第七十号を祝して」

69号 2018年9月

金尾信子「歌と朗読」

68号 2018年5月

奥山悦男「越前市内で歌枕さんのコンサートを」

67号 2018年1月

成島恵美子「万葉の世界に誘われて・・・」

66号 2017年10月

阿部 聡「神様からの贈り物」

65号 2016年5月

片山 彰「ドイツからのメッセージ」

64号 2013年1月

荒木寛子 「 『やまとうた』に出会って・・・ 」

63号 2015年9月

原田俊一 「子供たちや若い人たちに広めたい」

62号 2015年5月

南 比呂志 「 華やかなるうたとことば 」

61号 2015年1月

笹田幸代 「素晴らしい出会いに感謝」

60号 2014年9月

荒木治年・ひろ子 「 『竜田彦』と『紫の恋』 」

59号 2014年5月

友田恭子 「 玉 響 」

58号 2014年1月

上島朱實 「歌枕直美さんと歩む『友の会』」

57号 2013年9月

上島秀友 「万葉の心、クラシックとの調和に感動」

56号 2013年5月

德弘勝昭 「ドリーム カム ツルー」

55号 2013年1月

Włodzimierz Pastuszak 「新年特別版『たまゆら』」

54号 2012年9月

松田千恵 「二上山遠望」

 
 
 

71号 2019.4.1
「DNAで感じるコンサート」 歌枕直美友の会 大阪府高槻市 岩本 弘子

会社のOB会に参加し五十二年ぶりに同僚の伊藤さんにお会いしましたら、大変良いお声をなさっているので、何かなさっているのですか?とお尋ねしますと、声楽を習っていますとのお話でした。伊藤さんの先生が枚岡神社で公演を開催されるということで、「アメワカミコ」の公演に行かせていただいたのが、歌枕さんとの出会いでした。古事記や万葉集にあまりふれたことがなかったので難しくなじみにくいのではないかと思いましたが、日本人だからDNAで感じるのか、とても懐かしい感じで、情景が浮かび、心に余韻が残る公演でした。また公演の後、歌枕さんがお客様のお見送りをされていらっしゃり、私にもお声をかけて下さいました。私の思う声楽家のイメージとはまったく別で、おおらかでふわっとした、とびこんでいけるような雰囲気をお持ちで、一気にファンになりました。そして、昨年の京都・無名舎での「敦盛」の時には、男意気というのを感じて、身体が震え涙が出ました。歌枕さんの公演は、個々に語りかけてくださるようで、心が和み、また心にくっと来るものがあり感動します。その上、本名とお伺いし、歌枕さんはこの活動をするために、生まれてこられたのだなと本当に思います。また茶論コンサートでは、お食事も魅力的で、旬の物を取り入れられたお料理、器、盛りつけから季節の移ろいを感じます。三月の時の貝の器には感動しました。ひとつのことに秀でる人はすべてに秀でているのだなと、歌枕さんをみて思います。食というのは心を潤してくれますね。歌枕さんのコンサートを、もっと若いお方にも浸透して行ってほしいと思います。

 

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70号 2019.1.1
「うたまくら草子の発行第七十号を祝して」 歌枕直美友の会 名誉会長 上島 朱實

「うたまくら草子」発行から丁度節目に当る第七十号を上梓されお目出度うございます。

「うたまくら草子」というお洒落な名前、美しく内容が充実しており、うたまくらの優れた企画力でここまで号を重ねてこられました。毎回歌枕さんが対談される方々は多才で個性的、人生の達人であられます。お話される事柄は含蓄に富み心に響いてきます。「うたまくら草子」が届くと、今回はどんなお客様が登場されるか楽しみであり、コンサート情報やファンになって下さった方々のお心の籠った寄稿が暖かいです。

二十二年前に万葉歌を聴いてから歌と歌枕さんに魅かれて各地のコンサートに行くようになりました。今迄に行った折々のコンサートが走馬燈の如く浮んできます。そして歌枕さんの歌の表現は広がってゆきました。壮大な曲、情念の曲、軽やかな曲、愛らしい曲、蠱惑的な曲と歌枕さんの活動は次第に知られるようになり新聞やラジオからの取材も多くなっていく中、菅沼先生が現れました。菅沼先生が持参されたのは自作の「額田女王」という物語でした。

ここから歌枕さんと菅沼先生は和歌劇という始めての創作劇を生み出してゆきます。歌枕さんにとって「額田女王」は出発点となった記念すべき和歌劇です。

やがて外国公演の依頼も増え、何度も出かけて日本の文化力を伝えられとても好評でした。

そんな活動の最中に突然歌枕さんを病気が襲いました。その間の苦悩はいかばかりだったことでしょう。しかし強い意志と責任感、又多くの人に支えられ見事に復活を遂げられました。活動は再開され、特に歴史ある建物で歌枕さんが語り歌う演目は会場と一体となりより魅力を増して常に感動の渦に包まれております。

先日の堺能楽会館でのやまとうたコンサートの「仁徳天皇によせて」では、近くに悠久の時を刻んで静まる仁徳天皇陵があり、世界遺産登録を目指しており、正に時宜に適った演目でした。

最近読んだ本ですが、画家ロセッティ描くギリシャ神話の「春の女神」のモデルは学もない下層のジェインという娘、しかし生まれ持った知性と魅力で大資産家にして卓越したデザイナー、ウィリアム・モリスのハートを射止め、十九才で彼の妻の座に収まる、以後彼の教育で洗練された物腰と会話術を獲得、完璧な美女と讃えられたそうです。映画「マイ・フェア・レディ」を彷彿とさせます。以前にテレビ番組の「ウィリアム・モリスの世界」で全編に流れた歌枕さんの美しいスキャットを懐かしく想い出しました。

これからも「うたまくら草子」が魅力満載の紙面で発行されてゆきますように。そして「うたまくら」が益々発展されますよう心より願っております。

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69号 2018.9.1
「歌と朗読」 大阪府豊中市 金尾 信子

私が歌枕さんの歌を初めて聞いたのは、歌枕さんのお母様の喜寿のお祝いのコンサートでした。綿業会館の素敵なホールでお母様の歌の伴奏をされたり、ご一緒に歌われたり、和やかな雰囲気の中に澄んだ歌声が響きました。

お母様の藪岡美佐江さんは、私の朗読の先生で、そのコンサート後すぐに「私も歌を習ってみたい」とお願いしたのです。それから五年ほどになります。練習を全くせずに教室に行くという不真面目な生徒ですが、担当の歌枕直美友の会事務局長でもある岩城先生は優しく迎え入れてくださいます。

継続は力なりと申しますが、正に少しずつ声が出るようになってきました。

朗読の声の出し方と歌の声の出し方は違いますが、共通することがあります。それは、お客様に声を届ける、言葉や心を声で表現するということです。万葉集や古事記に綴られた和歌、日本人の昔からの心は、今の時代にあっても決して色褪せることなく感じることができます。西洋の歌曲では言葉の意味がわからずピンとこないのですが、やまとうたは日本の言葉ですから、その意味や心が理解できます。万葉集などの和歌を音楽に乗せて表現する歌枕さんの世界に、いにしえの人々の心を感じることができるのです。

先日の五月の茶論コンサートのお稽古で歌枕先生のレッスンを受けました。曲の紹介を歌う前にするのですが、先生からは「言葉をしっかり前に出して伝えてください。」とアドバイスをいただきました。それは、朗読する時に私が気をつけていることであります。

毎回の歌のお稽古で一時間歌った後は、いつも気持ちがすっきり晴やかになります。忙しい時もお稽古に行って良かったと思えます。

欲を言えば、毎日少しでも声を出して歌うこと、練習する努力をしてもう少し上手く歌えるようになりたいです。きっとそれが朗読をする上でもプラスになることだと思います。

これからもどうぞ宜しくお願いいたします。

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68号 2018.5.10
「越前市内で歌枕さんのコンサートを」 福井県越前市 奥山 悦男

歌枕さんとの出会いは、平成五年の秋吹田メイシアターで開催されたコンサートでした。その時アンコールで「垂水の歌」を聴き感激しました。元々、万葉集が好きでしたので、歌枕さんの世界の虜になり、関西のいろんな会場やうたまくら茶論でのコンサートに行きました。その後、六十歳で定年退職した翌年、平成二十三年に吹田市から故郷の福井県越前市の実家へ引越しました。かつて越前市の東部・味真野地区に流刑された中臣宅守と奈良の狭野弟上娘子が交わした相聞歌六十三首が万葉集巻十五に残されています。それを記念して味真野地区に万葉館があります。引越した頃、その万葉館で歌枕さんの万葉集CDをBGMとして流すことを館長に提案しましたが、却下されました。(理由は、そのCDを流すと見学者がCD音楽に気を取られ、展示物に集中出来なくなるからとの事でした。)その館長が昨年七十歳で退職され、後任として三十歳代前半の若い女性が新館長に就任されました。早速、その館長へ歌枕さんの万葉集CD全てを持って挨拶に行きました。新館長曰く「歌枕さんの歌はこの万葉館の雰囲気に合っています。歌枕さんのCDをBGMで流しています。お客様はBGMを聞きながら展示物を見ておられます。」福井県の片田舎で歌枕さんのCDが絶えず流れている場所があります。そのCDのBGMを聞きながら、中臣宅守と狭野弟上娘子が交わした相聞歌六十三首の世界に浸ってみませんか。私のこれからの人生の目標は、越前市内で歌枕さんのコンサートを開くことですが、今は越前市内の万葉講座に顔を出し、歌枕さんの名前とCDを紹介し、コンサートに聞きに来られる人を増やすことにひたすら勤めています。

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67号 2018.1.1
「万葉の世界に誘われて・・・」 浜松市 成島 恵美子

はじめて歌枕さんのコンサートに参加したのは平成二十二年九月、浜松の初山宝林寺での公演でした。私に紹介していただいた方は、ヨガ教室でお世話になっている方で「貴方ならきっと、興味あるだろうから」と私を誘ってくれたのです。私が歴史好きで、地元の史跡に興味をもっていたことを知っていたからです。誘われた時は、軽い気持ちでしたが、何回か聴くうち、「古事記うたものがたり」を聴いてから、大変興味を持ちました。それは、なかなか読みがたい古事記の世界を、こうしたかたちで表現してくれているということと、歌枕さんが本名だということ、ご住所が大和の国に近く詳しいことであるなどで、関西には妹がいるのですが、地理に疎いので、古事記にちなんだ史跡をお聞きできるのではないかと考え、直ぐにも飛んで行きたい気持ちになりました。うたまくら茶論での様子も和やかそうで、ちょっとお邪魔してみたい雰囲気でした。そんな気持ちが通じたようで、昨年は宝林寺で心からのお持て成しをいただき、とても楽しいひと時を過ごさせていただきありがとうございました。その後大変なことになってしまったことはつい最近知ったところでした。昨年、だいぶ無理をなされたのではなかったかと察します。その後、復帰のために、相当なリハビリをされてきたのだと知りました。今回も雑踏の世界から、万葉の世界に誘っていただき、同行した友人もとても満足していました。また次回を楽しみにしています。何曲かCDを聴きながら古語に触れたり、一緒に歌ったりしながら古代の世界を創造しています。これからも期待しています。

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66号 2017.10.5
「神様からの贈り物」 浜松市 阿部

私が歌枕さんをはじめて知ったのは、二〇一五年の秋でした。たまたま目にした市の広報誌に和歌劇・歌枕直美・龍潭寺と、とてもインパクトのある文字が止まりました。早速チケットの予約をしたかったのですが、一ヵ月後の事で予定がはっきりして無くそのままにしていました。何とか調整し公演の一週間程前に予約の電話を入れたところ、残念ながら満席とのお返事がかえってきました。私は心の中でシマッタと呟いた時、追加公演の予定がありますとの言葉を頂き、その場で連絡先を告げ、歌枕さんが海外公演を終えた後の十一月十四日に初めて公演を堪能する事が出来ました。想像以上の迫力と歌枕さんの圧倒的なエネルギー、完成された舞台は正に本物でした。終演後CDを購入しましたら、歌枕さんのサインが頂けるとの事で厚かましく控え室にお邪魔したところ、お疲れ顔ひとつ見せずに笑顔で接してくださりました。その時から、私は歌枕さんの信者になりました。(笑)

その後、友の会にも入会させていただき、二〇一六年春の初山宝林寺・小國神社での公演、六月十八日浜松での集いと歌枕さんの音楽に接する機会に恵まれました。その後、思いもよらない出来事がありブログ等を拝見し心配しておりましたが、二〇一七年六月十六日にコンサートを開催する旨の案内が届きました。私は直ぐに大阪のホテルを予約しました。当日、多少の不安を持ちながら伝統と格式ある大阪倶楽部に到着しました。開演から歌枕さんは二十五年間の歩みを歌の合間に語りながら会社設立を決意された”オペラ座の怪人“から『オール アイ アスク オヴ ユー』をお嬢様との二重奏で歌われるなど、一年間のブランクを全く感じさせない圧巻の復活舞台でした。ここまでの復活の道のり、歌枕さんご本人の努力は元より周りのスタッフの方々の強い支えによるもの(涙・涙)と知り、抱いていました不安の払拭と共に感動で目頭が熱くなりました。

歌枕さん、これからもご自愛なされ私たちファンに最高の舞台をお届けください。

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65号 2016.5.1
「 ドイツからのメッセージ」 ドイツ・ミュンヘン 片山 彰

私は学生時代・商社マン時代・個人で独立してから四十年の長きに亘ってドイツの土地に住み着いています。人生の半分位がドイツでの生活ですから他人様から見たら結構バタくさい人間かも知れません。正直なところこの四十年間に日本の文化とか歴史から遠ざかってしまった事は否めません。寄る年波に日本が恋しくなるのが通常の在独日本人の性ではないでしょうか。日本食の繊細な味そして同時に目で楽しめる食文化・他人を思いやる文化・以心伝心等々日本ならではの生活文化です。この様に日本と異なった文化の中で生活すると言う事は結構ストレスも溜まり、日本が大変恋しくなるものです。ミュンヘンに在住の日本人も大方日本文化に飢えていると思います。日本から遠く離れたミュンヘンで歌枕直美さんの第一回目のコンサートが行われた事は在独日本人にもドイツ人にとっても大きな精神的インパクトとなりました。

今から二年前の秋に歌枕直美さんがバイエルン州独日協会主催による第一回目のコンサートですばらしい声を聞かせて下さいました。

所謂西欧の代表的な舞台芸術であるオペラとは全く違った形で歌枕さんが音楽で綴る万葉集をみやびうたとして演出・作曲・舞台・衣装等をアレンジされて正に一人舞台のコンサートを通じて観衆を万葉の世界である日本人の心の原点へと導いてくださいました。歌枕さんは万葉集と言う日本の古典をヨーロッパの歌の手法で上手に表現されました。歌枕さんの魅力的なソプラノで歌う歌は御自分で作り上げた音階ですのでコペテイトールの手助けは不要です。コンサートの最後に私は思わず「ブラボー」を会場一杯に発声したのでした。

今ドイツでは難民受け入れ問題で戦後初めて大きな試練に立たされています。一方で難民が住み慣れた自国を離れなければならない時、不幸にも親族と別離しなければならない彼らの気持ちは計り知れないものがあります。万葉集の中にもこの別離を歌った和歌があります。

 君が行く海辺の宿に霧立たば

  我が立ち嘆く息と知りませ

この歌に接した時に、生きて帰るかどうか判らない難民の家族・親戚同士が別離する時に送る言葉と重ねあわす事が出来ると感じました。

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64号 2016.1.1
「 『やまとうた』に出会って・・・」 大阪府 荒木 寛子

私は去年の2月に歌枕音楽教室の門をくぐりました。目標は、社会で歌わないといけない場面に出くわした時、義理を果たすという低いものでした。

しばらくして、「やまとうた」なるものがあることを知りました。皆様御存知のように、万葉集や古事記などの和歌をテーマに作られた歌枕先生オリジナルの世界です。まず歌枕先生のCDを聴いて内容、音楽性に魅了されました。この私にできるのかどうかわかりませんでしたが、練習を始めました。一曲目は 額田王の「船出の歌」でした。内容は

 熱田津に 船乗りせむと 月待てば 

  潮もかなひぬ 今は漕ぎいでな

というあまりにも有名な歌です。其の時の私の歌に対する印象は「単純すぎてなんだかな~」でした。そう思いつつも練習曲に選んだのは短いという理由からでした。ところが、万葉集を読み返して歌の背景を理解し、何度も何度も声に出して歌っていると、おのずと立ち現れてくる情景と香りがあるのに気がつきました。しらずしらずの内に体中に高揚感が満ちて来たのです。当時の同盟国、百済の要請をうけ、唐、新羅軍との戦いの為に、天皇、皇子、その他、国の主だった人々を乗せた船はいま港を出ようとしている、その情景を体全体で感じた為だと思います。うたまくら茶論でも、今から出発だという場面では、この船出のうたを先生が歌われます。それはまるで歌枕先生が 額田王になり、高らかに船出を宣言してうたっているように感じられます。一曲目以降も新しい「やまとうた」を歌うごとに自分の感情の幅が広がり、深みがましている事を実感しています。「やまとうた」に出会って私は歌う楽しさを生まれて初めて知りました。歌枕先生の「やまとうた」や「和歌劇」の作品を通して、そのお話の地にも興味が出て来て、今年春には大伴旅人の地、九州太宰府政庁跡へ、9月には中国の長安(現西安)を訪問し、そこに吹いている風のなかに佇み、 歌われている情景をしのんで至福の時間をすごしました。遠くに行かずとも私の住んでいる関西圏にも歌に詠まれた歴史的な場所がたくさんあります。これからも「やまとうた」 を歌いながら、その和歌の情景に出会うひとときを楽しみたいと思います。

最後に、歌枕先生はうたまくら茶論でのコンサートの時に、その月の友の会会員の方のお誕生日のケーキを焼いてお祝いをしてくださいます。9月は私も含め4人の誕生日でしたが、それぞれの方のイメージにあわせて、なんと4つのスウィーツを用意してくださいました。歌枕先生本当にありがとうございました。

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63号 2015.9.1
「子供たちや若い人たちに広めたい」原田 俊 一

歌枕さんとの出会いは、藤原旧跡で行われた大和三山ライトアップコンサートでした。神殿風のステージで、最後には歌枕さんがステージ上の階段を上り「大和三山」を歌われそれに合わせて花火があがり、総合的にすばらしく奇麗!と思いました。

私達の先祖は、世界でも類を見ない多くの歌を文字で残してくれました。万葉集だけでも約4500首です。五文字と七文字の組み合わせの中に四季を感じ自身の気持ちを織り込まれていて、その想像力の高さに驚きを隠せません。その和歌に美しい曲がつけられた「やまとうた」は、歌枕さんの歌声・日本語の美しい響きに、古いけど新しい、新鮮な魅力を感じました。

 「和歌劇」は、菅沼先生の通説ではないストーリーに意外性があり、不思議でおもしろいです。また音楽構成もすばらしく、ここぞ!というところで盛り上がり、そして歌枕さんの語りが上手くて物語の世界に引き込まれます。単曲で聴くより更に感動します。個人的には、文化的な功績で評価されてもいいと思うのです。

 また私は、歌枕直美音楽教室で歌と生花を習っています。通い始めて5年程になります。教室では音楽のみでなく「お茶・生花・着付」の併設教室も行われています。現代社会は、西洋化が進みなかなか日本の伝統文化にふれる機会も少なくなって来ていますので、日本の文化にふれる良い機会だと思います。私達の先祖が私達に残してくれたものそれは、豊かで優雅にして繊細で洗練された美しい財産だからですし、これからも残していかなければいけないと思います。

 また歌枕先生の「やまとうた特別セミナー」にも参加し、私も僭越ながら数曲ですが習っております。芸術は音楽を含めて、人の心を豊かにして人生を楽しくするものです。せっかく人間に生まれたのですから、芸術に何かしら関わりをもたないともったいないと思いました。感じること理屈抜きに感じるそれが大切です。

 公演の時には、各地の友の会の会員の方とお会いする機会がありますが、共通しているのは「和歌劇」「やまとうた」を、もっと広めたい、一人でも多くの人に聴いてもらいたいということが根底にあると思います。子供たちや若い世代の人たちにも聴いてほしいですし、歌ってほしいと願っています。これからも益々の発展をお祈りしています。

 

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62号 2015.5.1
「 華やかなるうたとことば 」 福岡県 南 比呂志

歌枕さんと最初に出会ったのは、東京・渋谷の某大手レコード店。たまたまCDを買いに出かけたのですが、店に入るなり、歌声が聴こえてきました。その声に魅せられて、イヴェント会場である六階に直行、リハーサルから本番まで、そしてその後のサイン会までその場に居続けたことを覚えています。

爾来十有余年。リリースされたCDは勿論聴きましたし、浜松での和歌劇、大阪・吹田の茶論、そして今回岩国でのジョイントコンサートと、何度も足を運びました。その度毎に、美しい日本の言葉と、麗しい歌枕さんの歌声に改めて感じ入ります。改めて紹介するまでもありませんが、歌も然ることながら、私たち聴衆へのお心遣いも大変肌理細やかです。コンサートでのトークや茶論での会食時には「大阪のオバチャン(失礼!)」として私たちを愉快に笑わせて下さいますし、余韻とともに皆一人残らず暖かい気持ちで帰路についていることと思います。

萬葉の昔から日本人が愛してきた自然、心のうちを詠った言葉、思いを馳せる歴史。こうしたものは、残念ながら、私たちの日々の生活のなかでは然程重視されているようには感じられません。むしろ「自分一人ぐらい勝手にしても」という「甘え」が過ぎて、駄目にしてしまっていることすら多多見受けられます。歌枕さんの取組は、日本の良さを「歴史の遺物」としてではなく、生活の中にもう一度蘇らせる力を備えているのだと強く感じます。今後とも、一人でも多くの方に歌を届けてくださいますよう、心から応援しております。

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61号 2015.1.20
「素晴らしい出会いに感謝」 静岡県 笹田 幸代

私が初めて歌枕直美さんの事を知ったのは、もう15年ほど前になるでしょうか。

当時埼玉に住んでいましたが、子育ても一段落し、何か自分の楽しみと、興味のあった歴史や古典文学の講座に参加し、気の合う仲間とその縁りの地を訪ねる旅をしたりして楽しんでおりました。その頃毎週楽しみに見ていた「真珠の小箱」と言うテレビ番組が歌枕さんとの初めての出合いでした。記憶に間違いがなければ、場所は飛鳥甘樫丘赤いドレス、ロングヘアが風に靡いて、明日香風を歌われている姿はまるで美しい釆女の様と目を奪われました。又その歌声は心地良く心に響いて、それまで難しく理解出来ないだろうと敬遠していた万葉集もこんな風に接し、感じれば良いのだと感動と共に新たな興味を持ち、もっと他の曲も聴きたいと、レコード店に行きましたが、手に入れる事はで出来ませんでした。

それから10年程が過ぎ、一人暮らしの義母の看病の為静岡に越して来ていましたが、その義母も亡くなり、大好きな京都、奈良に、桜、紅葉、歴史縁りの地を訪ねる旅を再開しました、2011年4月18日奈良県榛原にある仏隆寺の千年桜を観ようと榛原駅に降りると駅前に臨時の観光案内が有り、この年は春の訪れが遅く仏隆寺の桜はまだ、五、六分咲きで、大宇陀の又兵衛桜が満開で見頃との事、急拠目的地を変更して向かいました。到着した道の駅で観光パンフレットでも手に入れ様と探している時「姫たちの伝言」のパンフレットが目に付き手に取り本当に驚きました。思ってもいない所で十数年振りに巡り合った歌枕さんの名前、静岡での公演の案内、さっそく電話をして、当日ドキドキしながら会場の浜松宝林寺に伺いました。初めての和歌劇、素敵な歌声、楽しいトーク心から感動した夢の様な時間でした。

15年前あのテレビを見ていなければ、あの年仏隆寺の桜の開花が遅れていなければ、あのパンフレットを手に取っていなかったら、又静岡に越して来ていなければ、等々奇跡の様なこの素晴らしい出会いに感謝しています。もしかしたらあの桜の古木が縁を結んでくれたのでしょうか。

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60号 2014.9.1
『 「竜田彦」と「紫の恋」 』 愛知県 荒木 治年・ひろ子

昔ながらの美しい日本語(やまとことば)を歌枕直美さんが、流暢な西洋音楽にのせて、優しく、ときに力強く歌いあげると、新しい言霊となって、人々に届き心の琴線に触れ涙や感動を誘います。

僕は、竜田彦「白雲の 龍田(たつた)の山の 滝の上の 小按(をぐら)の嶺に 咲きをいる 桜の花は 山高み 風しやまねば 春雨の 継ぎてし降れば ほつ枝(え)は 散り過ぎにけり 下枝(しづえ)に 残れる花は しましくは 散りな乱(まが)ひそ 草枕 旅行く君が 帰り来るまで」「我が行きは 七日に過ぎじ 龍田彦 ゆめこの花を 風にな散らし」聴いた和歌が、風景となり風を感じ、桜の花や香りまで浮かび上がって、ふっと涙が流れ落ちました・・・。

妻に誘われて、昨年4月 愛知県田原市文化協会主催の「歌枕直美の和歌劇」を初めて聴いたとき、学生時代に「日本人が日本人であるための根幹は、古事記、日本書紀などにある」と先輩たちからの教えで、古事記、日本書紀、万葉集や古今和歌集を読み深く感動したことを思いだしました。

多くの異文化と交流する時、自分たちが揺るぎない尊き誇れる文化を持っていることが、とても大切なことだと思っています。

妻は、紫の恋「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」

「紫草の にほへる妹を 憎くあらば 人妻故に 我れ恋ひめやも」のときに、直美さんが「男の人たちは、大海人皇子になりきって手を振ってください。」と言われて、一生懸命に手を振るしぐさが、楽しいと笑っていました。この和歌は、娘たちと読む百人一首の競技かるた漫画「ちはやふる」にも紹介してあって、とても万葉の浪漫あふれる恋歌で、夫婦ともども大好きです。

歌枕直美さんには、温故知新というのでしょうか。日本人として忘れてはいけない原点を思い出させてくれました。

まだまだ、友の会にも入会したばかりですが、これからも「和歌劇」「大和歌」を妻と聴いて応援していきます。

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59号 2014.5.1
「 玉 響 」 静岡県 友田 恭子

「新しく来られた先生が和歌劇ってものを創られて、その総監督をされてるんだって!」と丁度1年前に職場の方から聞かされたのが「和歌劇」との出会いでした。

私は静岡県の遠州森町というところにある介護老人保険施設で介護職をしており、そこに1年前、菅沼先生が赴任されたばかりの春の日のことです。

和歌との出会いは中学時代の国語の教科書。五感をくすぐる圧倒的な百人一首の世界観に憧れ、歌留多クラブに所属し、百首すべてを暗記しました。それから和歌とはおよそ縁のない数十年を過ごしましたが、子育ての終盤となる数年前に「うたのわ」という短歌サイトに出会い、「桃紅(とうこう)」の名で時折拙い歌をこっそり置きに行きます。

初の和歌劇鑑賞は昨年5月に浜松の宝林寺で行われた「大伯皇女」。初夏を迎え、すっかり歌いこまれた鶯のうたを前座に、歌枕直美さんは登場されました。およそこの世の方とは思われぬ厳かな出で立ちと鶯の化身かと思われる澄み透る声で一気に歌枕直美ワールドに惹きこまれたその瞬間の記憶は鮮明です。

それから昨秋に浜松の福嚴寺でのコンサートに伺い、最初に和歌劇の存在を教えてくれた今長さんと共にすっかり歌枕直美さんのファンになってしまいました。いつか茶論コンサートに行きたいと思い、下見と称し、吹田のうたまくらピアノ工房を訪ねました。

その次の日に京都大覚寺でのコンサートがあり、準備やリハーサルで大変忙しい中、一ファンである私のために貴重なお時間を割いてたくさんのお話をしてくださったことに申し訳ない気持ちと感謝の気持ちで心温かく工房をあとにしました。

そしてつい先日、浜松での初の茶論コンサートが行われ、アットホームな雰囲気と歌枕直美さんご本人の心尽くしの手料理、きめ細やかなおもてなしに大変感激しました。

もっと多くの方に和歌劇の存在を知ってもらいたいと思う反面、一人一人を大切にされているやわらかな直美さんの眼差しに触れると、そんなお心を守り続けて欲しいなどとも思うものです。

今年秋には遠州森町でのコンサートも計画されているとのこと。微力ながら何かの形でご協力させて頂けたら、と思っています。

今はまだポツリポツリとした花びらがいつか満開になる日を夢見て…

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58号 2014.1.15
「歌枕直美さんと歩む『友の会』」 大阪府 上島 朱實

歌枕さんの万葉歌を初めて聴いた日、それは16年まえに遡ります。当時私は北浜界隈で働いていました。或る日新聞に目が釘づけになりました。そこには「万葉集を現代曲で歌う歌枕直美さん」というもので、そこだけ文化が輝いているように思えました。丁度コンサート場所が大阪倶楽部で会社にも近く是非聴いてみたいと当日を待ち兼ねていました。レトロな大阪倶楽部で聴いた歌枕さんの「みやびうたコンサート」にすっかり魅了されてしまいました。

以後歌枕さんが歌っていると聞けばレコード店、画廊等に足繁く出かけていきました。聴く機会が増すにつれ「この人の歌は本物だ、今にきっと日本文化を担って成功されるに違いない」と確信を抱くに至りました。いつの間にか歌枕さんと親しくお話するようにもなり私に出来ることで少しでもお役に立ちたいという想いで、いろいろな処で歌枕さんと万葉歌を熱く語っておりました。やがてファンの方々が増えて来て「歌枕直美を応援する会」が発足致しました。それと共にこの会は日本文化を意識して歴史的建造物でのコンサートを目指していくことになりました。

桜の庄兵衛、新井邸、西尾邸、大門酒造、北庄司酒造店他等で「みやびうたコンサート」が実現して皆様に好評を得てきました。歌枕さんは次々と名だたる場所で「みやびうたコンサート」を行い、素晴らしい方々との出会いがあって新聞やラジオで一躍その存在が知られるようになりました。そうこうしている中古代史研究家の菅沼登先生が登場されました。菅沼先生は新聞で歌枕さんを知り、古代史に題材を求めた「額田王」という物語作品を持込まれ、歌枕さんに演じて歌って欲しいと。

ここから菅沼先生と歌枕さんによるコラボで「和歌劇」という全く新しいジャンルの創作劇が誕生しました。それからのお二人の活躍には目を見張るものがあり、次々と精力的に作品を生み出して各地で上演が始まりました。思いつく限りでも「かぐや姫」「空海」「信長」「姫達の伝言」「ヤマトタケル」「メドリとハヤブサワケ」「熊野」「月と黄金」等々数え切れない程の作品群です。数年前から海外へと船出しており、フランス、ポーランド、トルコ、フィンランドに於いて、その芸術性の高さで聴衆を魅了し、今や文化大使の役目を果たしておられます。

海外公演はこれからも未だ未だ続きます。「応援する会」は名称を「友の会」へと一新し、現在浜松支部に二上山支部が増えました。今後も支部が出来てゆく予感が致します。私達「友の会」は、歌枕さんが常に原点に立ち返り又新たなる出発に向かう姿を誇りに思います。そしてこれからも熱く応援し、共に歩んでまいります。

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57号 2013.9.1
「万葉の心、クラシックとの調和に感動」 奈良県 上島 秀友

今年の2月、突然に中学の同級生である松田千恵さんから電話があった。彼女とは卒業して以来、話した記憶がなかったから正直驚いた。聞けば、彼女の師匠である歌枕直美さんという歌手が、料理研究家の奥村彪生さん宅で『平家物語』の和歌劇を公演されるので参加してほしいとのこと。私は奥村さんと同じ香芝市に住んでいるということと、歌枕さんが『万葉集』を歌っておられる歌手ゆえ、私が興味を持つだろうと思って誘ったとのことだった。

その頃、私は二上山の麓を中心とした歴史書『天の二上と太子の水辺』を上梓し、『小説 大津皇子』を執筆中であることを同級生から聞いたためであるという。案内の手紙にはCDも同封されていた。早速そのCDを聞いてみると、予想外にも体に戦慄が走る程に驚いた。

元来、私はカノンという日本人の女性歌手のファンである。ある朝、FMからクラシックの調べにのって、ソプラノの、しかも美しい日本語の歌詞が流れてきたときのことを今でも鮮明に覚えている。そのうたは「こころ」、歌っていたのが彼女で、メロディーはベートーヴェンの「ピアノソナタ第8番」であった。それ以来、彼女の慮になった。ラフマニノフの「ヴォカリーズ」、ドビュッシーの「月の光」などの名曲を、抒情的で心を打つ日本語で見事に歌いあげているからだ。

歌枕さんの歌を聴いたとき、それにも勝る衝撃をうけた。犬飼節と称される万葉集しかイメージできなかった私は、その嬉しい誤算に感動していた。

 私は「ふたかみ市民オペラ」立ち上げに協力したこともあり、関西二期会などの人が歌うアリアを聞く機会が多かった。私には歌枕さんの歌唱力とピュアで伸びやかな声は彼女達を凌駕しているように思えた。しかし根本的な違いは、日本人の心を壮大に、かつ繊細に歌っていることだ。『万葉集』がこれほど西洋音楽と調和するとは驚き以外の何者でもなかった。作曲、選曲、編曲もすばらしい。

「磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど」、弟大津皇子の死を悼む歌が流れてくる。歌枕さんが歌でその心を訴えるように、私は小説で大津皇子と大伯皇女の世界を描きたい。足下にも及ばないのは先刻承知しているが、出版の暁には是非ともご一読頂き、皆さんの感想を賜りたい。

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56号 2013.5.10
「ドリーム カム ツルー」 大阪府 德弘 勝昭

歌枕音楽教室に入って、8ヶ月になります。「60歳の手習い」ならぬ70歳の手習いですから四苦八苦している作今です。昨年4月、現役を引退しました。これからの冥土への旅は、帯津三敬病院長の主張する「冥土へぽっくり往く」が私の理想です。そのためには、お釈迦さんの教えを学び、気功で心身を整え、これまでの人生で一番、疎遠であった音楽を楽しめる暮らしにしようと始めました。

これまでに、楽器をいじったことは無く、歌を歌うことも無く、歌うのは、むしろ声が悪いので嫌いでした。せいぜい洋楽を聴く位のものでした。特に、年を取るにつれ、仕事に没頭する環境になり、音楽を始め、文化的から疎遠な生活になっていました。音楽を始めて、音楽が脳に及ぼす影響が、素晴らしいこと。最近では、お経をあげることと歌うことが、脳には同じ働きがあるように思いつつあります。歌枕教室では、ピアノと歌のレッスンを始めて70歳の生徒です。先生方や、先輩方の熱心さに、驚くと共に、そのパーフォマンスが、高いことに感心しています。其の上、歌枕茶論では、いい音楽を聞かせて頂き、歌枕先生の料理に舌鼓を打って、以前と違い、文化的に過ごしつつあります。特に、歌枕先生のやまとうた、和歌劇は、素晴らしい。

私が思うに、

一、日本の古典、古事記、日本書記、万葉集等を文字の世界から、ビジュアルなもの ー二次元から三次元の世界に創り変えられ、日本の文化の再発見になっていること。

二、日本古典を皆さんが楽しめ、役に立ち、歴史を楽しめるものにしていること。

三、日本文化を、その素晴らしさを世界に発信しつつあること。

現在のポーランド公演から、世界中に広まるように思います。私自身も、やまとうたや、和歌劇の影響を受けて、生まれて始めて、「古事記」や「万葉集」を読む機会を得ました。

人類社会が始まって以来、人類が夢みたものは、実現することになっています。社会でも、個人でも同じです。大きい夢、小さい夢、それが生甲斐であり、エネルギーの源です。渡部さんのエール、「カーネギホールでやまとうたを、和歌劇を公演しよう」も夢ではありません。其の実現のための条件、(一)創意、工夫していること、智慧を働かすこと、(二)実行すること、(三)長く続けること ー継続は力なりー は、整っています。

「カーネギホールで歌枕公演を」をエールして、この会員メッセイジを終わります。

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55号 新年特別版「たまゆら」 2013.1.1
ポーランド・マリーキュリー大学のWłodzimierz Pastuszak教授よりメセージをいただきました。

2012年10月23日に、ルブリンのマリ・キュリー大学で創立記念コンサートが行われました。プログラムは、河合裕子さんのショパン演奏、私の「煩悩」絵画映像、そして歌枕直美さんの和歌劇「富智の山」の上演でした。特別座席には大学長ら、先生たちと特殊なお客さんがお座りになっていました。

当日の天気があまりよくありませんでしたが、会場は満席でした。それは、コンサートのポスターには日本国の歌枕直美様の美しい姿が出ていらっしゃったおかげかと思っております。

実は、前日の夜から一晩中、ルブリンは濃い霧で隠されていました。

会場の明かりが消え暗闇の中、観客は期待と緊張の中、音一つもなくシーンという雰囲気で待ちわびていました。暫くしてから、マジックかの様に、舞台には絶妙な美しさ、素晴らしい衣装と美しい声の姿が現れました。観客は音楽に没頭し夢中になって、昔の日本の神話の遠い世界にひきこまれました。まるで、ルブリンへ富士山から金色の風が飛んできたかのように感じました。それは、とても神秘的な一夜のコンサートでした。観客はアーティストのために熱い拍手を送りました。

コンサートの後、学長主催でアーティストと大学関係者のための懇親会がありました。テレビ放送局、ラジオと写真家の方々も参加していました。

そして、その方々は、この日のマジックの瞬間を目撃することができました。なぜなら、歌枕直美様が歌うと、曇った空が清らかになり、霧が消えていきます。コンサートが終わった後には、霧が一切なく、そしてルブリンの空は綺麗で、やっと輝く星が見えてきました。

2012.12.14 パストゥシャク・ヴウォデク

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54号 2012.9.1
「二上山遠望」 大阪府 松田 千恵

私には、大切にしている一枚の絵画があります。それは、明日香甘樫の丘からの二上山遠望の油絵です。昨夏の終わりに小阪カルチャーでの、歌枕先生の「やまとうた」との出会いが、この絵と重なり、広がっていくのが、不思議というか、必然的というか、運命的なものを感じます。

今年2月より始められた初めてのセミナーの時、あまり嬉しくて、額より外し、持参してしまいました。ふるさとは、遠くより思うものといいますが、このような形で融合して、これからも私自身の中で育てていけるのが、有難いことです。歌枕先生は、公演活動、茶論でのコンサートに加えて、セミナーで「やまとうた」の指導をしてくださっています。五人くらいのグループ指導ですが、ひとりひとりに合わせて指導していただき、いいところを伸ばしてくださっています。最初は、「どうしよう。」「大変なところに来てしまった。」と不安でしたが、お人柄でしょうか、大きな優しさに包んでいただいて、回を重ねるごとに、深みが増してまいりました。

歌枕先生の音楽家としての活動は、言うまでもなく格別ですが、お料理も素人離れしていて、茶論でのコンサートの後は、お食事も楽しませていただけます。

私は、二上山のふもとである奈良県香芝市の出身ですが、亡き父が植えた紅梅で漬けた「梅酒」も喜んでいただき、また、迷惑かなと思っていた後の梅もジャムにして、デザートのクレープに包んでいただきました。人の気持ちを大切にし、食材{自然の恵み}を大切になさる、「さすが」と、感動致しました。戴きものの野菜もスープからデザートまで仕上げてしまわれるのは、圧巻ものです。

今秋には、例年のポーランド公演に加えて、マリー・キュリー大学で和歌劇「富智の山」を上演されますが、もっと世界に羽ばたかれましても、いつまでも、茶論で接していただける歌枕先生でいていただきたいと切に願っています。

結婚後間もなく行かれた鹿児島知覧での衝撃が万葉の世界へ導いたとのことですが、現在も様々な問題を抱えた社会です、

歌枕先生の歌声のように、明るい澄んだ世界になるように願ってやみません。

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