歌枕直美の「記紀・万葉集 やまとうた」を歌う会

歌枕直美の「記紀・万葉集 やまとうた」を歌う会 とは

歌枕直美のオリジナル楽曲「記紀・万葉集 やまとうた」を愛して下さる皆様に歌っていただ、歌い継ぎ広めて下さる方々の会です。

 
 
歌枕直美の「記紀・万葉集 やまとうた」を歌う会
会長 竜門陽子

 
 
 
やまとうたとの出会いは、20代を数年残した頃でした。クラシック音楽が好きな友人といろいろなCDを手に取って楽しんでいた時に出会ったのです。偶然だったのか、それとも引き寄せられたのでしょうか。
 私は『歴史が好き』というより、その時代に生きていた『人』が好きです。中でも興味があったのが壬申の乱でした。手に取ったCD『みやびうた』は、まさにその時代が反映されていました。知っている和歌もあり、興味津々―いざ聴いて、全身の血がざわめく衝撃を受けました。
和歌が、西洋音楽になっている!!
 そして時が経ち、歌枕先生にやまとうたを教わる日々です。
 やまとうたに触れて、作られた経緯を調べてみるとおのずとその時代の背景や、人々の暮らしがちらちらと見えてきます。歌枕先生から『古代の人からの手紙』と聞いて、本当にそうだと思いました。
やまとうたを聴いていると、慌ただしく過ぎる雑踏の中にいて蓋をしてしまった感情が呼び起こされます。
 
日本は『ものづくりの国』と言われます。この流れで突然どうして関係のないことを、と思うかもしれません。
数年前に宇宙から戻った小惑星探査機『はやぶさ』のことは記憶に新しいですね。任務は、小惑星イトカワから表面物質搭載カプセルを地球に持ち帰ることでした。数多の苦難や、途中、行方が分からなくなりながらも帰還します。大気圏に突入すると燃え尽きる運命の『はやぶさ』の最後の任務は、地球の姿を撮影することでした。開発を手掛けた人たちが話していました。この任務は、自分たちに向けて撮って来い、というのではなく、はやぶさ自身に『故郷である地球の姿を見せてやりたかった』のだそうです。
結果が求められる科学の世界で働く人だから、例えば結果だけを話されていたら、単に「すごいこと」として聞くだけでそのうち忘れてしまうものです。けれど、心から仲間として認め、そのままの姿で迎えられない「はやぶさ」への感謝を、おそらく最後に見るだろう地球の姿を通し、心で繋がっていると私たちに示してくれました。そのことで、たくさんの人が芯からその存在を思うようになります。それだから、単なる人間の創造物ではなく、手掛けた人の魂がこめられた「探査機 はやぶさ」のすべてに感動するのでしょう。
ものづくりの『モノ』というのは、物体としてではなく『魂がこもった仲間』です。誰かを想い、偲び、子どもを宝だと愛で、小さな草花に光る露に心を寄せた古代人―この精神こそ、物体を単なるモノにとどめることなく、心を寄せて思いやる気持ちを育んだのではないかと思うのです。
 
「やまとうた」にも通じるところがあり、メロディひとつひとつに「音楽家 歌枕直美」の魂が宿っているのことを感じます。その大切な『子どもたち』を教室の生徒にも触れさせ、そのことで私たちの心が育ちました。この心の高揚を、まだ知らない人たちに伝えることができたら-。
宇宙の謎を解明することはできなくても、千年前の人から受け継いだ心と大地を後世に伝えることならできるかもしれない-雑踏にまぎれて心が乾いた現代人も増えた昨今、皆がこの感受性を失ってしまわないように、「やまとうた」を伝えることのお手伝いができれば、心からそう思います。
言葉に念を込めて残し、それを千年の時を越えて受け取り、音として新しく生み出されたメロディを、私たちも今、声にして伝えてゆきたい―四季の彩りにあのやまとうたを思い出し、古都に身を寄せて口ずさむ―記紀・万葉集は私たちにとって、こころ(心・精神)の辞書のようなものだと思います。文字や文学として考えるだけではなく、心の真ん中で古代の人と接することができる大切なツールだと思っています。みんなで、言霊のリレーを繋いでゆきましょう!

過去レポート

「紘美の宴コンサート」
 
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