歌枕直美 友の会

うたまくら草子
歌枕直美の心から語りたい
vol.78 加藤正人

 
 
ピアノ技術者であり、ドイツの名器・ベヒシュタインジャパンの加藤正人社長にお越しいただき貴重なお話をお伺いいたしました。
 
 

気づき
 
歌枕直美(以下、歌枕):加藤さんと初めてお会いしてはや、25年以上になりました。
 
加藤正人(以下、加藤):もうそんなになりますか。歌枕さんと同時代を生きてきましたね。
 
歌枕:はい。加藤さんは、いつからピアノに興味を持たれましたか?
 
加藤:母が子供の頃は戦争でピアノを習えなかったので、息子にはやらせたいと3歳の頃からグループレッスンで習い始めましたが、友達にピアノは女の子のすることとからかわれたので、途中で行かなくなりました。でもピアノは好きで、家のオルガンで弾いていましたね。
 
歌枕:そこからピアノ技術者になるまでには、どのような経緯だったのでしょうか。
 
加藤:中学生の頃にアマチュア無線の資格を取得するなど、もの作り、物理が好きで、できれば理系に進学したいと高校3年で物理クラスに入りました。クラスには、電子・電気・建築・土木、理学、数学などを目指す人がいました。自分自身、建築とか土木とかの図面を書いたりするのが向いているのかなと思いましたが、周りの友人達は自分よりいつも偏差値が良くてかなわないと劣等感が湧いてきて、自分ならではのアイデンティティがないかと悶々としていた頃、大学紹介の本を見ていると、国立音楽大学のピアノ調律科というピアノの設計構造も学べるコースがあるのを見て、ピン!ときました。
 
歌枕:国立音楽大学の調律は、単に調律だけではなくもの作りなんですね。
 
加藤:そうなんですよ。見学に行った時、先輩たちが書いている図面とかを見せてもらい、おもしろいと思いました。調律師としての活躍でなく、ピアノ作り、もの作りに興味があったので、国立音楽大学以外は考えられなくなりました。
 
歌枕:実際に進学されていかがでしたか?
 
加藤:チェンバロなどの古楽器もはじめて触れましたし、調律の仕方で音色が変わることなどを知って面白いと思いました。大学の勉強の中では、技術に大変興味がありました。
 
歌枕:卒業後は、どのようにされましたか?
 
加藤:友達がテレビ局の音声等もやっている会社でピアノ技術の仕事をしていて、そこでは収録等で楽器品質への要求が高いと知り、1年でヤマハ特約店をやめて、その会社の入社試験を受けて入りました。
 
歌枕:そこではどんな仕事ですか?
 
加藤:当時、TBSでベストテンという番組があって、そのピアノ調律を担当させてもらいました。ビックバンドとかのピアノでミュージシャンとも音楽的な会話ができるようになり、世界が広がりました。
 
歌枕:そのお仕事の中で、面白かったことはありましたか?
 
加藤:当時、ヤマハのCP(打弦式電気ピアノ)が出て来た頃で、八神純子とかビリージョエルとかが使いポピュラーコンサートの現場に広がった楽器ですが、その調律が頻繁にありました。その時に、改造すればもっと良い音がでるのではと思い、先輩に相談して、弦とハンマーを変え、電気の技師にお願いし、イコライザも変えて華やかな響きに改造し、Studio Model というエンブレムをつくりました。それを、チューリップの財津和夫さんのところへ持って行き、コンサートで使ってもらうと、「とてもいいね!」と言っていただき、その後、オフコースやイルカバンドのCPも改造させていただきました。自分が発想したことに、皆さんに評価を頂いたことが嬉しかったです。
 
歌枕:その発想力が素晴らしいですね。音楽と物理が、もの作りがつながりましたね。その後、ドイツでピアノマイスターを取得されるに至る転機は何でしょうか。
 
加藤:26歳の時ですが、TBSの番組にフィッシャー・ディスカウが来て局の楽器庫にあるピアノを使用する可能性があるというので事前に上司と調整をしていたのですが、当日になると決められた楽器と調律師が来て、ピアニストとドイツ語で会話しながら作業をしているんですね。それがドイツに行って学びたいと思い始めたきっかけでした。
 
歌枕:次の気付きだったわけですね。
 
加藤:はい。またちょうどその頃、ローランドからRDというステージ用のデジタルピアノが出てきて、ミュージシャンの楽器もCPからサンプリング音源のローランドにかわっていきました。自分がしている仕事はライブが多く、それもPAを使用することで、ある意味妥協している中でどれがいいかを探し競っているけれど、本当のピアノの調律は音楽家と一緒に表現の理想を求める仕事だと思いました。
 
 
マイスターへの道
 
歌枕:そこでどうされたのでしょうか?
 
加藤:国立音大の恩師に頼んでベーゼンドルファーの工場長に手紙を渡してもらったり、会社の社長に相談したりとする中で、運良くヨーロッパ行きのチケットをもらい6週間の休職をしてヨーロッパへ行きました。ちょうどその頃、「ベヒシュタイン日本上陸・ヨーロッパ技術研修」という案内がきたので、ベヒシュタインのベルリン工場での技術研修も予定に入れました。
 
歌枕:運命のベヒシュタインとの出会いになるわけですね。ヨーロッパに行かれ、驚きなどありましたか?
 
加藤:どのピアノメーカーの工場にも、自分たちの誇りと価値観がありました。メッセで東欧のピアノを弾いてみると、なんだか柔らかい音で、今まで体験していたピアノと違い鳴らない楽器だと思いました。街に出て、ミュージシャンが弾いているのを聴いたら、やさしく歌うような音色でとても感動して、自分が今まで良いと思っていたピアノの音と違っていて、自分の価値観が何か間違っているおかしいと思い、これは短期間では変えられるものではなく、長く住んで学ばなければ自分をリセットできないと思いました。
 
歌枕:次なる転機ですね。
 
加藤:はい。帰国して1年後、現ベヒシュタインジャパンの当時の親会社だったタイヨームジークに入社し、ドイツに行きました。
 
歌枕:ドイツに行かれて大変なことはありましたか?
 
加藤:そうですね。日本語とドイツ語は言葉の感覚が違い、子音が多く発音の瞬間とその後の母音とのコンビネーションでの響きがベースにあり、それが音楽にもなるわけです。その響きの変化を、咀嚼できるまでに3年かかりました。
 
歌枕:大変でしたね。その他、ドイツでのエピソードはありますか?
 
加藤:ある時、調律の後に整音作業をしていたら、近所の人から「うるさい!やめろ。やめなければ警察を呼ぶ。」と言われて、驚いたことがあります。実はドイツには、「ルーエツァイト=静かな時間」というのがあって、お昼のある時間帯は、大きな音を出してはいけないという法律がありました。
 
歌枕:国によって、あり方が違いますね。その後、ベヒシュタインに至るまでには、いかがでしたでしょうか。
 
加藤:自分が最終的に目指しているのは何かをもう一度考えて悩んで、三十歳の時にドイツのピアノマイスターを取得することにしました。
 
歌枕:マイスターとはどのような資格ですか?
 
加藤:ドイツのマイスター制度は、研修生を雇用し修復や製作工房を運営することが許される資格になります。ピアノ製作マイスターの勉強のために、ベヒシュタイン工場に行き、ピアノ製作の1~全ての工程を教えてもらいました。
 
歌枕:例えば、どのような工程ですか?
 
加藤:木材を運ぶことから、なんでもやらないといけないです。木の種類によって乾燥のさせ方が違うなどを、身をもって体験させてくれました。
 
歌枕:マイスターの取得にはどのくらいの期間がかかりますか?
 
加藤:その前の経験が3年以上なくてはならないですが、当時学校は1年でした。学校に行っている間も、イースター休暇には、ベヒシュタイン工場に行って、設計の勉強をさせてもらいました。
 
歌枕:マイスターの資格を取得し、帰国されて30年。いかがでしたでしょうか。
 
加藤:帰国したのが1993年。日本では、ベヒシュタインはインターネットが普及した今のように知られていませんでした。それで、ピアノ技術だけでなく、ベヒシュタインが復活できるように、マーケティングから作り上げて行かないといけないことが大変でしたが、体験できたことはとてもよかったです。歌枕さんのように、個性を感じて演奏し発信してくれるミュージシャンが増えてくることを願っています。
 
歌枕:その昔、ドイツで加藤さんが案内してくださったピアノ工房には様々な時代やメーカーのピアノが並んでいて、1ブランドだけのピアノを扱う日本の楽器店とは違うと驚きました。その時に、加藤さんは「こんなのはドイツでは当たり前ですよ。」とおっしゃって、その瞬間、私はアーティストとして、職人魂のこもった本物の個性あるピアノを紹介したいと思い、うたまくらピアノ工房開設のきっかけの一つとなりました。
 
加藤:そうでしたか。うたまくらピアノ工房は、他の楽器店とは全くコンセプトが違い、歌枕さんとピアノ技術者荒木さんとの連携での日本では数少ない素晴らしいピアノ工房だと思います。
 
 
日本人のアイデンティティ
 
歌枕:加藤さんが日本に戻られて30年経ち、2017年ユーロピアノ(現ベヒシュタイン・ジャパン)の社長に就任され5年、私はうたまくら社を設立し30年の節目となります。これからどう生きるのか、これからの私たちの世代のあり方が、重要だと思っています。
 
加藤:歌枕さんは、日本の良いものを継承され、発信していくことの活動をされています。素晴らしいことだと、これからの時代に必要なことだと思っています。
 
歌枕:ありがとうございます。ところで改めて日本で暮らすことについてはいかがですか?
 
加藤:日本人で良かったと思いますね。日本は、食事が美味しく、そして家族関係が深いですね。反対にドイツ人は個人主義のように思います。そして、日本は歴史が深いですね。自然の中にとけこむように作られた寺院など古くからの文化財が多く残っていて素晴らしいです。
 
歌枕:パリで公演をした時に、ヨーロッパのジャーナリストの方が、日本は、万葉の時代から1300年以上の歴史があり、その時代の権力者やそして女性の和歌が残っているということに驚きを感じ、そして感動してくださいました。また、今日ドイツ語の子音の話が出ましたが、パリでは「日本語の母音の美しさを感じる」とのお声もいただきました。
 
加藤:古事記や万葉集などの日本文化を現代の音楽を使って伝え残して行くことは、本当に重要で必要なことだと思っています。これからも期待しています。
 
歌枕:ありがとうございます。これからも宜しくお願い致します。
 
 

加藤 正人(かとう まさと)

1982年国立音楽大学別科調律専修修了 1992年:ベヒシュタイン本社にてマイスター試験準備・ルードヴィクスブルク市・ピアノ・マイスターシューレ入学 1993年:ドイツ・ピアノ製作マイスター・同年帰国。

現在 ベヒシュタイン・ジャパン代表取締役社長・Der Bund Deutscher Klavierbauer e.V. 会員・ 日本ピアノ調律師協会 国際局参与・一級ピアノ調律技能士