歌枕直美 友の会

うたまくら草子
歌枕直美の心から語りたい
vol.75 菊池攻

 
古代からの歴史が息づく奈良県磯城郡田原本にある奈良トヨタ自動車の菊池攻社長をお尋ねし、お話をお伺いいたしました。
 

運命に逆らわらず
 
歌枕直美(以下、歌枕):菊池社長とはじめてお目にかかりましてから、もう二十年になります。なら100年会館で開催された奈良トヨタさんの「伝統と革新の融合」をテーマにした新車内覧会にて、オープニングの演奏を務めさせていただきました。そのテーマに沿った斬新な企画が印象的でした。
 
菊池攻:(以下、菊池):古都奈良の地に息づく伝統と革新に、新車のコンセプトを重ねての新車発表会で、歌枕さんの万葉の歌、そして観世流祝言能を披露していただきました。その折りは、ありがとうございました。
 
歌枕:菊池社長は、東京のご出身とお伺いしましたが、奈良に来られた印象は、いかがでしたでしょうか。
 
菊池:歴史が好きでしたので、地元に来て、どっぷりと浸かりましたね。
 
歌枕:歴史がお好きで、文学がご専門。どのような環境でお育ちになられたのでしょうか。
 
菊池:もともと実家が出版社で、本が身近にあるという環境で育ちました。ですから、今でも本屋に行くと落ち着きますね。そして、父はもともと教師だったのですが、戦争から帰って来て、恩師 小西甚一師の「古文研究法」を出版することができ、このお陰で生活や出版社を維持できました。
 
歌枕:そのような環境でお育ちになられて、物書きになるとか、出版社を継ぐという思いはなかったのですか?
 
菊池:四人兄弟の四番目でしたので、跡継ぎということには入っておりませんでした。大学ではマスコミ関係を勉強し、ジャーナリストの道を希望しておりましたが、自分の運命に逆らわらず来たら、ここまできましたね。(笑)
 
歌枕:ジャーナリストの道から、奈良トヨタグループ社長の道へ、大転身ですね。運命に導かれたのですね。
 
菊池:家内との出会いで縁ができ、未開の奈良へやってきました。
 
 
日本の源流
 
歌枕:「奈良トヨタ」を継がれたのは、急だったのでしょうか?
 
菊池:はい。トヨタでの研修、岐阜の販売店を経て、奈良トヨタに戻って来て四年、三十一歳の時に先代が亡くなりました。そうするとそれまでと周りのサポートがころっと変わり、急に風当たりが強くなりました。代替わりの時は、時代劇でもあるように後目を狙う人が増えます。(笑)本当にピンチでした。
 
歌枕:精神的にも大変だったのではないでしょうか。
 
菊池:この時期が、一番の苦労の時でしたので、この状況に巻き込まれない様に、メンタルをしっかりしないと、と思いました。
 
歌枕:経営者は、孤独ですね。その時、どのようにしてメンタルを保たれたのですか?
 
菊池:そうですね、相談に乗ってくれる人がいたから、乗り切れたと思います。メンタル面では、お坊さんとのお付き合いで助かりました。視野が広がりました。トヨタは家業を継いでいく、世襲制のことが多いですので育った環境に車が身近にあり当たり前になっていますが、私はまったく違う世界からきているので、クルマの世界とは距離がありました。
 
歌枕:そしてどのようにして、克服されていかれたのですか?
 
菊池:現場を見て回り、それをどう運営するのかと考えて行くうちに、自分のルールができてきて、組織体制の見直しや、世代交代、戦略的な事業展開をおこなっていきました。そして、メーカーの表彰を取ることができ、周りの見る目も変わってきました。
 
歌枕:本当にすばらしいですね。また今日こちらに来させていただき、奈良トヨタさんがあるこの土地は古代からの歴史のある特別な場所だと感じました。
 
菊池:すぐ近くに唐古・鍵遺跡があります。全国のトヨタの本社は、県庁所在地のにぎやかな場所にあるのですが、ここは郡部にあります。日本の源流の奈良だから、トヨタの社長が3年間お越し下さいました。
 
 
「主観」「客観」「俯瞰」
 
歌枕:菊池さんは、経営だけでなく、薪御能保存会の会長やなど、いろんな役職をもたれていますね。
 
菊池:はい。薪御能は、御仏にささげる神聖な薪を春日の三笠山から運ぶ際、それを迎える儀式を猿楽に真似させて神事芸能としたことに由来し、全国に広がった野外能の元祖が興福寺の薪御能です。奈良が発祥の地であるものが、他にも多くあります。
 
歌枕:そうですね。その伝統文化を守っていかれる活動をされている方々がいらっしゃることが素晴らしいと思います。また留学支援など教育に関わっておられるとお伺いしました。
 
菊池:奈良市の留学支援コンソーシアムの代表や、奈良大学、奈良学園の理事もさせていただいています。若い時には、いろいろな経験をしてほしいですし、世界の国々の人々に会えば多様な価値観が理解できます。父の様に教師にはなれませんでしたが、今、教育関係を垣間見れて良かったと思います。
 
歌枕:若い時の経験は、とても貴重だと思います。また、菊池さんは、世界の様々なところに行かれていますね。
 
菊池:インドのガンジスやキリマンジャロなど、その国の崇拝されるパワースポットなども行きました。場所もそうですけど、誰と行ったか、何のために行ったかで、印象が変わります。冒険心のある方々と、ご縁をちょうだいしたので、自分が一人では行くことのできないような場所に行くことができ、世界が広がりました。
 
歌枕:その意味が良くわかります。人生が、どんどん豊かになられていく感じですね。今、一番大切に思われることは何ですか?
 
菊池:「主観」「客観」「俯瞰」ですね。若い時は、主観的なことしか見えませんが、六十歳をこえて自分を客観視しながら、遠く全体を見ていかなければと思います。また、余白をつくることも大切と思っています。
 
歌枕:本当に大切なことだと思います。余白がないと、新しいことが広がりませんね。また、音楽は大変お好きとお伺いしていますが…。
 
菊池:はい。社長室で音楽を流している方はあまりいませんが、執務の時は、バロックを聴いています。学生時代はジャズが好きでジャズ喫茶に行って、太宰治の本を読んでいましたね。そして、歌枕さんの歌は、「船出の歌」が一番好きです。リハビリから復活されて、ますます歌枕さんの世界を広げられています。今年は、コロナ関係で世相も暗い状況です。歌枕さんの歌声で明るいムードを取り戻してもらいたいです。
 
歌枕:ありがとうございます。世の中が早く落ち着きを取り戻す事を願っています。このたびは、貴重なお話をありがとうございました。
 
 
 
 
 

菊池 攻(きくち おさむ)

1982年上智大学卒業。

同年、奈良トヨタ自動車株式会社入社。1987年取締役、1992年代表取締役社長就任、現在に至る。

2019年藍綬褒章受章。