歌枕直美 友の会

うたまくら草子
歌枕直美の心から語りたい
vol.65 岩本良一

日本で唯一のピアノを一から全て一人で手作りできるピアノ職人岩本良一氏のピアノ工房・エスピー楽器ピアノ製作所(静岡県磐田市)を訪問し、お話をお伺いしました。
 

■日本の手作りピアノ
歌枕直美(以下、歌枕):こんにちは。いつもお世話になりましてありがとうございます。いつか岩本さんのピアノ工房をお訪ねしたいと思っておりお伺いさせていただきました。ここでピアノのすべてが作られるのですね。岩本さんは、はじめからピアノのお仕事をなされていらっしゃったのですか?
 
岩本良一(以下、岩本):十六歳から働き始めましたが、この仕事は一生をかけてするものかどうかを考え何度も転職しました。転職ばかりしていたら叔父にいつまでそんなことしているのかと叱られ、良一は手先が器用だからと知り合いのピアノ屋に連れて行かれました。そこでお客様が一台のピアノを試弾されて人それぞれ評価がちがうのが面白いと思いました。
 
歌枕:それでピアノの道へ進まれたのですね。技術はどうやって学ばれましたか?
 
岩本:楽器工場では、ピアノ作りのすべての仕事をできるようにする人を育てるということで、百二十人の中から五人が選ばれその中に入りました。ひとつひとつの作業を教えられるのですが、大変厳しかったですね。他の四人は落後して、私だけが残りました。
 
歌枕:どのように厳しかったですか?
 
岩本:「ただの箱を作っているのではない。」と、ピアノ作りには、千以上もの工程があり、細やかな仕事です。間違うとノミやカンナでも、手に持っている物が飛んできますね。私は、子供の時から苦労していましたから叱られる、怒られるがあたりまえだと思いましたね。(笑)
 
歌枕:その修業時代から、日本の手作りピアノシュベスターを引き継がれることになったのは、どのような経緯があったのでしょうか。
 
岩本:高度成長期でピアノ作りは急増しましたが、機械化により大手メーカーが市場を締め手作りのピアノメーカーの経営は難しくなり、私が入って3年くらいで、シュベスターピアノも多額の負債をのこして倒産しました。
 
歌枕:どうしてそれを引き受けようと思われましたか?
 
岩本:はい。シュベスターを作り続けてほしいという人たちがいて、また楽器店などの人が作ってくれたら自分たちが販売すると心強いことばをいただいて、エスピー楽器製作所を立ち上げることになりました。何が何でもピアノを作りたいと思って、世間知らずで勢いでやってしまいましたね。
 
 
■職人魂
 
歌枕
それは大変なことですが、素晴らしいことだと思います。日本には一人だけの手作りピアノ職人でいらっしゃるとお伺いしています。手作りピアノのこだわりは何でしょうか。
 
岩本:一本の大木が三~四ヶ月でピアノになります。こんなに楽しい仕事はありません。材料になる木は、北海道のエゾマツを使用しています。一工程づつすべて手作業で、組み上げて行きます。本物のピアノは、弾けば弾くほど良い音を奏でます。昔ながらの作り方を守りながら、自分の目が行き届く、妥協のない本物のピアノ作りをしたいとずっと取り組んで来ています。
 
歌枕:匠の技ですね。いつも本物のピアノには木と職人の魂がこもっていると思います。うたまくらピアノ工房のピアノの修理も手がけていただいてありがとうございます。岩本さんしか直せないと、全国からたくさんのピアノ修理のご依頼があると伺っています。
 
岩本:ヨーロッパピアノの古い楽器のご依頼をいただいています。百年前のピアノなど、その時代の制作者がいるわけですから、ピアノを解体して行くとき、その制作者がどのような考えで作ったのかを知ることになります。当時の技術、製法も読み取ります。世界中の名器に触れ技法やこだわりを感じ取ることはとても面白いものです。
 
歌枕:岩本さんに木工部分の修理をしていただいたフッペルピアノは、山口県岩国市のピアニストの高橋正実さんが古民家カフェ光風堂に置いてくださり演奏されています。私も一年に一回お伺いしコンサートをさせていただいています。
 
岩本:ピアノはお客様が弾き続けてくれないと意味がない。しかし百年というと持ち主がかわりますね。親から子、子から孫へと引き継がれることもあるでしょうし、または他の楽器を愛する人に受け継がれることもあると思います。フッペルの様に、再生し新しい演奏者に受け継がれることはとても素晴らしいです。
 
 
■技術の継承
 
歌枕
ありがとうございます。世界的にも手作りのピアノは少なくなって来ていますが、岩本さんの技術の継承はどのように考えられていますか?
 
岩本:若者たちが調律だけでなく、修理の技術を身につけたいと修行にきてくれています。しかし、簡単に覚えれることではありません。
 
歌枕:そうですね。
 
岩本:まずは心構えです。今の若者は、自分の仕事にむける気持ちの何かが足りないと感じます。またすべての作業が、目と指先での感覚です。時間をかけてこれは経験して行くしかない。私自身も五十五年かけて勉強中です。終わりがありません、生涯勉強です。だからこそ魅力がある仕事だと思います。
 
歌枕:何事においても同じですね。
 
岩本:はい。歌枕さんのコンサートにお伺いすると、いつも感動します。お声、お話が素晴らしいのはもちろんのことですが、誰かが作ったものを演奏するではなく、根っこから作った作品で、尚かつ過去の人たちが歌った歌を物語にし、曲を付け、自らが歌い語るのは大変なことです。そこに精神がなければできません。
 
歌枕:ありがとうございます。
 
岩本:そして毎回聞かせていただくたびに、違うお話。これは誰にでもできることではないと思います。ここの近くにある行興寺は、熊野御前が植たというわれる長藤があるところです。五月くらいになると美しい花が見れます。
 
歌枕:はい。以前、和歌劇「熊野」を制作した時に訪れたことがありますが、岩本さんのピアノ工房からこんなに近くにあるとは驚きました。
 
岩本:各地域の歴史を作品にされ、地元の方々は大変喜ばれていることと思います。これからも頑張って下さい。楽しみにしています。
 
歌枕:ありがとうございます。本日は、貴重なお話をありがとうございました。
 
 
 
 

岩本 良一(いわもと りょういち)

(有)エスピー楽器製作所 代表取締役。

18歳からピアノ作りに携わる。

1929年に誕生した手作りピアノシュベスターの伝統を継承する4代目職人。

北海木材、村田エースを経て、1981年(有)エスピー楽器製作所を設立。