歌枕直美 友の会

うたまくら草子
歌枕直美の心から語りたい
vol.47 久我高照 

光明皇后様が創建された由緒ある法華寺の久我高照 ご門跡様に、お話しをお伺いしました。


■この国のかたち
歌枕直美(以下歌枕):このたびは、光明皇后様の和歌劇を皇后様が創建された歴史ある法華寺にて公演させていただくことになり、大変光栄に思っております。
久我高照門跡(以下門跡):今年は光明皇后様の千二百五十年大遠忌でございます。
歌枕:どうぞ宜しくお願いいたします。普通ではお目にかかることのできないご門跡様から今日はお話しを聞かせていただけるので、楽しみにしておりました。ご門跡様は、十五歳で法華寺にお入りになられたとお伺いしました。
門跡:はい。はじめは五歳で大正天皇のお妃の、貞明皇后様にお声をかけていただきましたが、五歳ではあまりに幼いので両親が離せませんでした。その後、皇后様は他の方をお探しになられたくさんの候補者の方がいらっしゃったようですが、結局決められなかったようです。その十年後、私にお声掛けいただき、法華寺に入りました。
歌枕:十五歳という御年齢で、お寺に入られることに迷いはありませんでしたでしょうか。
門跡:はい。迷いはありませんでした。光明皇后様より受け継がれてきたこのお寺を、つないでいくのが使命だと思いました。
歌枕:今のお話しを伺って、「この国のかたち」を感じました。とても感動しました。
門跡:ここは、光明皇后様の厚い信仰から総国分尼寺として建てられたお寺です。大切にお守りし、皇后様の大きなお心を世に伝えていかなくてはなりません。貞明皇后様は「大事に守るのですよ。」とおっしゃいました。
■心身修行
歌枕:おこがましいですが、ご門跡様、そして副住職様もとてもお美しいですね。
門跡:ありがとうございます。それは、御仏様にお使えし、毎日修行するからです。歌枕さんもいらっしゃいませんか?
歌枕:ありがとうございます(笑)。ところでご門跡様は、お花のお家元でもいらっしゃいますが、ご門跡様がひらかれたのでいらっしゃいますか?
門跡:お花を活けることのもとは、仏様にお供えすることです。光明皇后様が、宮中女官を始め当時奉仕の人たちに心身修行の為、仏堂の池辺に華道道場を建てられ、草木幽美の風情を花瓶に挿すことを奨励されました。そして、千二百五十年前から今に至るまで、皇后様のご意志を受け継ぎ続けてきています。
歌枕:軽々しい発言で、大変失礼いたしました。お花を活けるということの原点は、仏様に供えるという心からですね。修行とは、他にどのようなことをなされるのでしょうか。
門跡:毎日のおつとめ、お寺のお掃除、そのようなひとつひとつのことです。
歌枕:お寺のお庭などの管理はどのようになされているのでしょうか。大変美しく、澄んだ空気を感じます。
門跡:お掃除から草むしりまで、すべて私たちでおこない守っています。年に一度は、自衛隊の方が奉仕活動にて、お手伝いに来てくださいます。
■慈悲・慈愛
歌枕:光明皇后様は、たくさんの子供たちや、病気の人を助けられた方ですね。
門跡:光明皇后様は、慈悲深い方でいらっしゃいました。今では、ナイチンゲールやマザー・テレサと、社会福祉活動をなされる、有名な方がいらっしゃいますが、光明皇后様は千二百五十年前に、社会福祉活動を始めた方です。
歌枕:悲田院や施薬院などをつくられ、社会福祉活動の先駆者でいらっしゃるのですね。
門跡:はい、そのとおりです。どんな身分の方でも大切にして、病気の人を救われていました。
歌枕:光明皇后様が、自ら膿をお吸いになられた病人の方が、菩薩になられたという伝説を拝見したことがあります。
門跡:光明皇后様は、国内の薬草はすべてお集めになり、日本の中だけでなく、外国からも薬を集められました。聖武天皇の遺品とともに、薬も正倉院へ納められました。だから今でも残っています。また、以前に正倉院の宝物の調査をなさったときに、その漢方薬は、今でも効能があったそうです。
歌枕:それは知りませんでした。。
門跡:光明皇后様は、後々の人も救われるようにとの思いでいらっしゃいました。本当に慈悲慈愛の深い皇后様です。そのお心が、ちゃんと今に通じています。
歌枕:はい。和歌劇「光明皇后」の上演では、心をこめて歌わせていただきますので、どうぞ宜しくお願いいたします。今日は、貴重なお話しを賜り、ありがとうございました。

久我 高照 (こがこうしょう)

大正十年八月五日生まれ

総国分尼寺 法華寺門跡

京都市出身 父は公爵久我常通

昭和十一年一月法華寺に入る 同年十一月得度

佐伯上胤師らに師事し、仏教学を深める

昭和十四年五月二十二日、法華寺門跡就任

平成十二年光明宗を立てる

華道法華寺小池流家元