歌枕直美 友の会

うたまくら草子
歌枕直美の心から語りたい
vol.42 奥村彪生

伝承料理研究家の奥村彪生先生の料理スタジオにお伺いし、麺の歴史を科学的に紐解かれたお話などをお伺いしました。

■料理の道

歌枕直美(以下歌枕):いつもお世話になりましてありがとうございます。また、定期的にうたまくら茶論に差し入れを持ってお越しくださって、大変喜んでいます。

奥村彪生(以下奥村):私にとって茶論は「心の癒しの場所」です。いつも大きな声で、万葉の歌を歌わせていただいて、リフレッシュし、また明日から頑張ろう!という力が沸いてきます。

歌枕:それは嬉しいお言葉です。茶論で聞かせてもらっている先生のお話は、含蓄があるので、私たちだけではもったいないので、ぜひ「うたまくら草子」対談 第二弾をお願いしたいと思いました。(前回2002年9月号)まず今日は、先生がお料理の道に進まれたきっかけからお話いただけますでしょうか。

奥村:実は大学時代歌枕さんの茶論の近くに下宿し、叔父の煮豆屋の手伝いをしていましたが、勉強はあまりせず、お茶、お花を習っていました。

歌枕:何故、お茶、お花を習われていたのですか。

奥村:それは美しい人を見るためでしょう(笑)

歌枕:納得です(笑)

奥村:それで勉強に身が入らず三年間で成績に「優」がついたのは、唯一歴史でした。何かで一番になろうと思い、大学をやめて料理学校へ行きました。

歌枕:オンリー1を目指された訳ですね。

奥村:料理学校に入ってから二ヵ月後、突然、土井勝校長から「学校を辞めてください。」と言われ、「どうしてですか?」とたずねると、「理由はそれです」と言われました。

歌枕:授業を妨害したわけではなくですか?

奥村:そうなんです。「あなたは、授業中に質問しすぎる、先生方は、教えにくい。」と言われて、「教えることは科学ですよ。」と反論しました。

歌枕:それはお幾つの時ですか?

奥村:二十歳ぐらいですね。

歌枕:その後、どうなされたのでしょうか?

奥村:二日後に、「職員になりませんか?」と言われました。

歌枕:大逆転ですね。

奥村:そんなことはないですよ。流しの掃除、ごみだし、包丁砥ぎ。その下働きをしている三年間の中で、いろんな状況を見て考えました。「切ります。煮ますで、ええんかな?」なぜこうするのかを、科学的に教える人が少ない。食の文化、歴史の裏づけをしていくことも、必要だなと思いました。
■書き変えられた?

歌枕:この度は、麺の研究において、博士号を取られたと言うことで、おめでとうございます。

奥村:ありがとうございます。発見したことが、実学の理論と文献学的にも明らかになっていて、新しい論文のありかたと評価をいただきました。

歌枕:その博士論文が、出版されるとお伺いしました。

奥村:本は、論文とその後に発想、発見したものを加えて「書き変えられた日本めん食文化誌」と題しました。

歌枕:先生は、古文書を読んで、研究されていますが、どういうきっかけからでしょうか。

奥村:歴史の裏づけをと考えていたとき、篠田統先生(注1)と出会い実務家からみた「箸の文化」について講演しないかと声をかけていただきました。講演が終わったあと、篠田先生は聞いていた学者たちに「お前らは、畳の上の水練や。実際に泳いでるやつは強いの~。」と言われました。国立民族学博物館の石毛直道さん(注2)も来られて、先生と三人で飲みに行きました。

歌枕:篠田先生の表現は、印象深い物ですね。

奥村:はい、それ以来休みの日に篠田邸に通うようになり、昼間はお酒を飲みながら蘊蓄を聞き、帰りは、古い料理書や公家や僧侶の日記を解読するなどの宿題が出されました。

歌枕:それをすぐに読むことができたんですか?

奥村:江戸時代の料理書は「へのへのもへの」にしか見えないので、読めないというと、「こんなんミミズがほうてんねんから、読める字を拾ってつなげ」と言われました。料理も再現しました。

歌枕:良き師匠に、教えを受けられ、展開されていったのですね。

奥村:そのうち、東京でも再現に取り組む人が出て、自分は奈良時代をやろうと思っていたところに、佐原真さん(注3)から「平城京発掘二十周年を記念するNHK特別番組を、一緒にやりませんか」と声をかけていただきました。

歌枕:やはり先生のように努力されていると、ちゃんとそのタイミングに重要な方との出逢いがあるんですね。

奥村:そうですね。そんなきっかけをいただきながら、自分の取り組みとして全国を闊歩して、古文書を読みつつ「麺」について研究を始め、奈良時代にあった麺を再現しました。

歌枕:古文書から読んで、原典を知らないと、うわべだけではわからないですね。

奥村:篠田先生からは原典に当たれ、現地へ行けと良く言われました。奈良時代に索餅(さくべい)という麺があり、小麦粉と米粉を練って、太い縄のようになって油であげた菓子と言われていたのですが、調べてみると小麦粉だけで作る細い麺でした。

歌枕:どういうふうに、調べられるのですか?

奥村:古文書には、材料や道具が載っていて皆さんはそこだけを見ている。しかし、次のページに分量と出来高が載っていて、それを計算すると今までの説が間違っていた。

歌枕:論理的に、科学的に検証されたんですね。

奥村:索餅だけでなく、日本のうどんのルーツは、わんたんだと言われてきましたが、鎌倉時代の古文書を読んで、その食べ方から、うどんは、中国から伝わった庖丁切りの「切り麦」から発展した日本独自の太切りの麺ということを発見しました。文字もそうです。

歌枕:日本の食べ方とは?

奥村:切り麦は、中細で中国では熱いスープに浮かべますが、日本は冷やしてつけ汁をつけて食べます。これは冷や麦です。熱い湯に浸して食べる方法もありましたが、細い麺だとすぐ伸びてしまうので、伸びないように太切りに改良しました。これを熱湯で温めて食べたので温飩。これが訛って饂飩。これは日本の造字です。

歌枕:いつの時代も言葉が訛っていくのですね(笑)

■万葉を食べる

奥村:来年は、平城遷都1300年祭です。次は、「万葉を食べる」という本を作ろうと思っています。

歌枕:書き続けて、少し休もうとは思われないのですか?

奥村:いや、ずっと新しい発見をしていきたいと思います。今まで、日本の食文化は、いえ文化そのものが、わびさびだけを言われていますが、奈良時代は、もっと大陸的で、素朴で、人間のもっているドラマ性があったのではないかと思います。色彩も明るい。

歌枕:そうですね。大陸から文化が入ってきて、力強く華やかだったと思います。

奥村:平城京ばかりが万葉じゃなくて、明日香古京も含めてロングランで見ていかないといけないと思います。大陸的な力強い生き方と色と香り、そして恋。奈良、天平になると以前より国際的になり、インドや、西域の文化も加わってきます。今、暗いことが多いので、歌枕さんには力強く、明るく、人に力を与えてくれる魂のこもった歌を、これからもっと歌って戴きたい。私は、食べ物で幸せを与えられるように頑張ります。

歌枕:先生には、お料理はもちろんのこと、生き方、精神性に、いつも学ばせていただいています。これからもどうぞよろしくお願い致します。今日はありがとうございました。


(注1)篠田統(しのだおさむ)食物史学者。
(注2)石毛直道(いしげなおみち)文化人類学者・民族学者。国立民族博物館名誉教授
(注3)佐原真(さはらまこと)考古学者。

奥村 彪生 (おくむら あやお)

日本でも唯一の伝承料理家。

飛鳥から江戸、明治、大正ならびに昭和の戦後、まんが「サザエさん」などの様々な料理を復元。世界の民族の伝承料理にも詳しい。

2009年、めんの研究で学術博士(美作大学・大学院)

略歴

1937年和歌山生れ。

近畿大学理工学部中退。

神戸山手女子短大、神戸山手大学教授、奈良女子大非常勤講師を歴任。

現在、美作大学大学院教授、大阪市立大学生活科学部大学院前期博士

課程非常勤講師。

奥村彪生料理スタジオ「道楽亭」主宰。

社会活動

平成12年度和歌山県民文化賞受賞。

NHK「きょうの料理」、NHKラジオ『関西ラジオワイド 旬の味』、

NHK『日めくり万葉集』などに出演。