歌枕直美 友の会

うたまくら草子
歌枕直美の心から語りたい
vol.14 吉田孝次郎

京都の町屋の生活工芸館「無名舎」の主であり、10数年前、歌枕に日本の美しさを教えてくださった吉田孝次郎先生をお訪ねしました。


■「生活工芸」とは…

歌枕直美:先生、大変ご無沙汰致しております。久しぶりにこの場所にお伺いしますと格子を通して差し込んでくる光がこんなに美しいものかと思います。

吉田孝次郎氏(以下敬称略)この家は、自然と共生し、自然の移ろいが感じられます。ここでは、毎日あなたの小さなアルバム「ウィリアム・モリス」の音楽が流れています。日本家屋と西洋音楽のミスマッチがとても新鮮。素晴らしい音楽に感動しています。またこの家の空気を清めていますよ。

歌枕:ありがとうございます。この番組から生活工芸運動を推進したモリスという人を知ったのですが、その時、先生の事を思い出していました。

吉田:そうですか。私は三十代の頃モリスに啓発されましたよ。特殊な時だけ美しいものに出会うのではなくて、日常にあってもできるだけ美しいもの、自分を啓発してくれるものや雰囲気をもとめ続けたいと思っています。

歌枕:形のないもの、美しい音楽も生活工芸の一つだということですね。

吉田:そうです。音楽は心に刺激を与えてくれます。そういう喜びがなくなる時には、世の中を生きている意味がなくなる。そういう刺激を与えてくれる全ての物に、ありがとうと言いたいし、そうあり続けたい。これからは、お金で買えない豊かさが求められる時代。あなたの出番ですよ。

歌枕:そうでありたいと願っています。
■京都町屋の美

歌枕:大変な労力をともなう家の修復を決断できたのは何故なのでしょうか。

吉田:十代の頃、この古い町の窮屈な中でこのまま生きていてよいのかと思い、輝かしい未来があるだろうと東京の美術学校に行きました。十八年後、京都に戻って来た時、かつて見失っていた、見つけることのできなかった価値観に気づくことができました。それでしょうね。

歌枕:そして見事に町屋の整然とした美しさ、格調を甦らせた訳ですね。

吉田:そうです。そして、ちょうどこの家の修復が済んで、何かできるのではないかと思っていたときに、あなた方が赤字覚悟でコーラスのコンサートをしてくださった。音楽を日常の場にもちこんだあなたの意図がわかり、とても意味のある活動と思いました。

歌枕:この家に何かを感じて、独特の空間を活かしたことができればと無心でした。今考えると我ながら「よくやったな。」と思います。(笑)

吉田:その後活動を発展させて、独唱というスタイルで、万葉集やウィリアム・モリスをとおして、日常に芸術を提出し続けられている、とても良いことだと思っています。
■祭り囃子が 鳴りひびく頃

歌枕:以前、祇園祭りの頃、寄せていただいたときに、「わしは祭りのために生きている!」っておっしゃていたような・。(笑)

吉田:祭りは、談笑しながらも自分の心は祖先へむいている…その渦の中で生まれて、今もその中にいるというのを感じる時ですね。ですから、旅先でも、どこにいても毎日「我が家での来年の祭りはどうしたらよいのかな。」と考えていますよ。

歌枕:三六五日、毎日ですか?(笑)お祭りの時、道に面した一階のお部屋に飾られている小袖を拝見したのが、鮮烈に心に残っています。

吉田:それは、屏風祭りといって、お祭りに来ていただいたお客様をおもてなしする室礼ですが、毎年趣向を凝らせています。全く変えないとすれば、私にとって鮮度がない。例え同じ物でも、置く位置を少し変えることで、また新鮮なものと感じます。それが、空間の創作です。人生も日々創作。これが、私の持論であり生き方です。

歌枕:別世界を感じました。また、夕方笛の音などが聞こえてくるのも、とても贅沢に感じます。

吉田:今年ももうすぐ、祇園囃子の練習がはじまります。

歌枕:私は祇園祭と聞くたびに先生のことを思いだしてしまいます。(笑)また、「無名舎」で何かさせていただきたくなりました。その時は、また宜しくお願いいたします。 

吉田 孝次郎 (よしだ こうじろう)

1937年 京都生まれ。

1962年 武蔵野美術学校本科西洋画科卒業。

1973年 京都に戻る。

1976年 家の復元・改修を終える。 生活工芸館“無名舎”の設立。

現在、祇園祭山鉾連合会副理事長、嵯峨芸術短期大学非常勤講師。